柿澤勇人がシンバに最速で抜擢されたのはなぜ?劇団四季退団の理由も超前向き!

柿澤勇人は元劇団四季でシンバをしていた!?退団理由も徹底調査

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NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の源実朝役で注目されている柿澤勇人さん。

実年齢と離れた難しい源実朝役を、細やかな演技と気品で好演していますね!

そんな柿澤勇人さんですが、実は元劇団四季でシンバ役を演じたことがあるんです。

この記事では、柿澤さんが

  • 劇団四季を志したきっかけ
  • シンバ役を射止めるまで
  • 退団理由
  • 劇団四季での出演作品

などについてご紹介していきます。

目次

柿澤勇人のプロフィール

柿澤勇人さんのプロフィールをまとめました。

  • 名前:柿澤勇人(かきざわ はやと)
  • 誕生日:1987年10月12日
  • 身長:175cm
  • 血液型:B型
  • 出身地:神奈川県
  • 所属事務所:ホリプロ
  • 趣味・特技:サッカー、ピアノ、温泉巡り、英語(日常会話)

柿澤勇人が劇団四季を志したきっかけ

サッカーに熱中した少年時代

3歳からサッカーを始めた柿澤勇人さん。

ヴェルディのジュニアコースに所属していたほどの実力で、プロサッカー選手を目指していたのだそうです。

高校生での劇団四季との出会い

柿澤勇人さんは、中学卒業後サッカーの名門校である「東京都立駒場高校保健体育科」に入学しました。

サッカー部に入り、プロを目指して練習に励む日々を送ります。

ところが、高校1年時の劇団四季ミュージカル『ライオンキング』の観劇で衝撃を受け、劇団四季の舞台に立つことを目指すようになります!

舞台俳優などを養成する専門学校「舞台芸術学院 夜間部」に入学し、高校に通いながら舞台を学びました。

高校に通いながら夜はミュージカルの勉強。夢への情熱とものすごい努力に感服します。

舞台芸術学院を卒業した劇団四季出身の俳優
  • 市村正親
  • 井料瑠美
  • 濱田めぐみ
  • 福井晶一
  • 田中彰孝(現在も在団)

大御所の俳優、市村正親さんも!多くの劇団員が勉強した学校に入学されたのですね。

柿澤勇人が劇団四季でシンバ役を射止めるまで

柿澤勇人さんが劇団四季でシンバ役を射止めるまでの経緯をご紹介します。

劇団四季養成所に入所

劇団四季に入りたいという夢を持ったものの、家族に理解してもらうまで大変だったようです。

祖父の清元榮三郎は三味線奏者、曾祖父の清元志寿太夫は浄瑠璃の語り手で、ともに人間国宝であり、芸の厳しさを知る家族は「サッカーで日本代表になって活躍するよりも難しい」と猛反対。「2年間だけ時間が欲しい。結果が出せなければあきらめる」と家族を説得…

引用:Wikipedia

家族に猛反対されても、ライオンキングの舞台に立ちたいという夢を持ち続けた柿澤勇人さん。

高校卒業後の2007年に倍率100倍以上の難関を突破し、劇団四季の養成所に入所しました!

シンバ役に抜擢

柿澤勇人さんは、養成所に入所した翌年の2008年、念願の『ライオンキング』シンバ役を射とめました。

1年でシンバ役を勝ち取ったのはかなりすごいことです。

劇団四季では劇団内でのオーディションがあり、そこで合格して初めて役を得ることができます。

同じ役を劇団内の20人から30人で競います。

現在シンバ役を演じている「厂原 時也さん」はオーディションを受け続け、なんと7年目に合格したのだそう。

ただ、柿澤勇人さんはオーディションからではなく、ライオンキングの練習を一人でしていたところ、演出家の浅利慶太さんから声をかけられて、翌日に出演することになったのだとか!

それもすごいことですね!

そんな訳で1年で思いがけずシンバ役抜擢になった柿澤勇人さんですが、十分な演技ができず、演出家の浅利さんから

おまえダメだったな

と、1度だけの出演で稽古場に戻されてしまいます。

柿澤勇人さんはただ1度だけシンバを演じ、その後シンバとして舞台にあがることはありませんでした💦

劇団四季は完全実力主義なので、レベルを維持できないと判断された場合、1日で降板させられることもよくあるのです。。

きっと、悔しかったことでしょう…。

それにしてもそのたった一度の柿澤勇人さんシンバを観た方は貴重ですね!

柿澤勇人の劇団四季時代の出演作品

柿澤勇人さんは、シンバ役をおろされた翌年には「春のめざめ」で主役のメルヒオールに大抜擢されました。

開幕以来、全公演に出演していましたが、途中2009年8月上旬に膝を痛め、上川一哉さんに交代。

しかし、翌週には復帰して千秋楽までの舞台を務めあげました

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